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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4926号 判決

原告 小野田圭介

右訴訟代理人弁護士 南木武輝

同 渡辺千古

被告 鈴木邦

右訴訟代理人弁護士 山下卯吉

同 高橋勝徳

同 福田恒二

同 竹谷勇四郎

同 武藤正敏

同 金井正人

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 木下健治

〈ほか二名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告らは各自原告に対し金三六万円及びこれに対する昭和四六年六月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告ら)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  被告鈴木邦は警視庁公安部公安第一課所属の警察官であるが、昭和四六年四月二四日午前六時二〇分ころ、外一五名の警察官とともに被疑者訴外田山和男に対する兇器準備集合、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件(被疑事実別紙一記載のとおり)につき東京簡易裁判所裁判官の発した東京都新宿区百人町三丁目三〇六番地戸塚道治方二階の捜索及び別紙一記載の差押えるべき物に該当する物件の差押を許可する旨の捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)に基づき、原告外一名を立会人として原告方である前同所を捜索し、別紙二物件目録(以下「目録」という。)記載の物件を差押え、原告に対し押収品目録交付書を交付した。

二  右捜索差押は処分を受ける者である原告に対し、事前に令状を示さずになされたもので違法である。

もっとも、被告鈴木ら警察官は捜索開始後令状の呈示を求める原告の再三の抗議により本件令状を原告に手渡したけれども、その僅か数分後原告がまだ本件令状中の「差押えるべき物」の欄記載部分の二、三行目を読んでいたときに、同被告は原告の手より本件令状を取り上げ、そのまま捜索差押手続を終えてしまったのであるから、事前に令状を適法に呈示したことにはならない。

捜索差押のような強制捜査手続を行なうについては、国民の住居の平穏、財産権、思想、信条、結社の自由等基本的人権を保障し、手続の公正を担保するため、捜索差押を受ける者に対し、捜索差押の対象となる物を十分に認識できるように令状を呈示すべきである。特に捜索差押を受ける者が被疑者や被疑事実に関係がない第三者であるときは、このことはより慎重になされるべきである。原告は後述のとおり被疑者にも被疑事実にも関係のない第三者であり、しかも右捜索差押をするについて妨害又は証拠湮滅がなされるような状況にもなかったにかかわらず、捜索差押の対象となる物を認識させなかった右の呈示は、捜索差押の事前になすべき令状の適法な呈示ということはできない。

三  また、目録記載の四、一三の各物件の差押は次の点においても違法である。即ち、

訴外田山和男は通称全学連革マル派系に所属する学生で昭和四六年四月六日別紙一記載の被疑事実により逮捕された者であり、原告は反戦青年委員会の役員であって右田山と面識もなく、前同日の日比谷公園における事件(別紙一記載被疑事実の内容参照)に関し反戦青年委員会に所属する者は逮捕されていないのであるから、原告は右田山に関する事件については何ら関係を有しない第三者というべきである。ところで、かかる第三者の住居を捜索し、その所有物を差押えるにあたっては、被疑者及び被疑事実と明らかに法的関連性を有する物に限り差押えることが許されるべきところ、右目録記載四の物件は原告の知人その他公的私的に必要な者の住所、電話番号の記載された住所録であり、同目録記載一三の物件は「日本マルクス主義学生同盟組織簿」と題する書面で、原告が右同盟の役員であった昭和四一~二年ころの右同盟法政大学Ⅱ部支部に所属していた学生の名簿であって、いずれも右の法的関連性を有しないものであり、しかも同目録記載四の物件は差押の許可された別紙一記載の差押えるべき物のどの項目にも該当しないものである。この点に関し、被告は後記請求原因に対する被告らの答弁第三項において、右物件は本件令状に記載された「斗争の組織、編成に関する文書簿冊等」あるいは「日誌、ノート、メモ、ビラ、機関誌紙、領収証等」に該当すると主張するが、右物件が住所録であることを考えれば、「斗争の組織、編成に関する文書簿冊等」に該当しないことは明らかであるし、また、「日誌、ノート、メモ、ビラ、機関誌紙、領収証等」と同様ないしは同質の物件とはいえないから、右にも該当しないものというべきである。

仮りに、右各物件が右の法的関連性を有するとしても、原告が差押により蒙る不利益あるいは右各物件の事件解明についての重要性の程度の低さを考えれば、差押の必要性は弱く、差押をすることは許されないものというべきである。

以上の理由により、右各物件の差押は違法であるというの外はない。

なお、右各物件又び右目録記載一〇、一一の各物件につき、差押の数時間後、被告鈴木は原告に対し、電話で返却するから午後三時三〇分までに警視庁に出頭するよう連絡し、また四日後の昭和四六年四月二八日午後には原告代理人弁護士南木武輝から返還請求を受けて、同人に対し同被告は電話で仮還付する故警視庁に来るよう連絡しているのであって、右は同被告自ら前記被疑者もしくは被疑事実と右差押物件との間に法的関連性がないことを認識していたことを示すものである。

四1  右捜索差押によって原告は目録記載の物件に対する所有権を侵害され、また私的交友関係、社会的活動の内容、思想行動の内容を捜査官等に知られ、自己の私的生活、社会的活動の内容をみだりに侵害されない権利即ちプライバシー、思想、良心、行動の自由を侵害され、精神的苦痛を蒙ったところ、これを慰藉するに足りる賠償額は金三〇万円をもって相当とする。

2  原告は昭和四六年四月二五日付内容証明郵便をもって差押えられた物の返還と違法な捜索差押に対する陳謝を被告鈴木に求めたが同被告は応じないため、同被告及び被告東京都に対し損害賠償請求訴訟を提起すべく、弁護士南木武輝、同渡辺千古に訴訟委任し、手数料及び謝金それぞれにつき日本弁護士連合会報酬基準規程により、その最低料を支払う旨両弁護士と約した。

右規程によれば、係争物の価額が金一〇〇万円以下の場合の手数料、謝金はそれぞれ右価額の一割以上三割以下とされているから、原告は右両弁護士に手数料金三万円、謝金三万円合計金六万円を支払わねばならないが、右も被告鈴木の不法行為による損害というべきである。

五  被告鈴木は故意又は重過失により原告に前項の損害を蒙らせたのであるからこれを賠償すべきであり、また同被告は被告東京都の公務員で、その公権力の行使につき原告に右損害を蒙らせたものであるから、被告東京都もこれを賠償すべき責任がある。

六  よって、原告は被告らに対し各自金三六万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年六月一六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁)

一  請求原因第一項について

捜索差押をした警察官の数、立会人及び手続開始時刻を除き、原告主張事実はすべて認める。

被告鈴木は外八名の警察官とともに手続を実施したのであり、開始時刻は午前六時三〇分ころ、立会人は原告のみである。

二  同第二項について

原告方の捜索差押の状況は次のとおりであり、適法な令状の呈示がされており違法ではない。

被告鈴木ら警察官は、昭和四六年四月二四日午前六時三〇分ころ、訴外戸塚道治方に赴き、同人方二階に通じる玄関で応待に出た原告に来意を告げて二階に上り、二階入口で原告が居住者であることを確かめ、本件令状を手渡して捜索する旨を告げ立会いを求めた。

原告は令状を見ていたが、突然「田山和男とは何者だ。」「俺は知らん。」「帰れ。」等とどなり始め、被告鈴木が令状の被疑事実の記載部分をも読むよう促しても読もうとせず、「帰れ」「帰れ」と叫び続けた。そこで、同被告は令状の毀損と捜索の遅延等を考えて原告から令状を取り上げ、同所の居住者で被捜索者と認められた原告の氏名を尋ねたところ、原告は村上次郎と名乗ったので、原告を立会人として捜索を始めた。

そして、警察官らが目録記載の一、四、六、七、一〇、一一、一三の物件を手にとると、原告は「それは俺のものだ。事件とは関係のないものだ。」「事件とは関係ないではないか。なぜ持っていくのだ。」とどなり、被告鈴木が「事件に関係があるから押えるのだ。」と答えると、原告は「違法な捜索だ。令状を見せろ。」といって押収を拒む態度に出たので、被告鈴木が捜索の円滑を図って再び原告に令状を手渡すと、五分間程黙読した後原告が「関係のないものを差押えているじゃないか。返せ。」と言い出したので、被告鈴木は原告が令状を読み終ったものと考え、令状を取り戻して原告に「関係のない物を押えているんじゃない。君はよく立ち会っていなさい。」といって捜索を続けた。

そして、午前八時三五分ころ、被告鈴木は再び原告の氏名を尋ねたところ、原告は村上次郎は偽名であるとして本名を名乗ったので、原告に対し押収品目録交付書を交付し、捜索差押手続を終了した。

三  同第三項について

目録記載の四、一三の各物件の差押は次のとおり関連性を欠くものではないから違法ではない。

訴外田山和男に対する被疑事実は単純な単独犯行ではなく、従ってその加功の態様等は集団犯罪の組織性や計画性等困難な背景的事実を解明することによって確定され、また右のような背景的事実は被疑者の罪責を判断するうえに欠くことができないものであって、目録記載の四、一三の物件は令状に記載された「斗争の組織、編成に関する文書簿冊等」に、また目録記載四の物件は「日誌、ノート、メモ、ビラ、機関誌紙、領収書等」にも該当することが明らかである。

そして、目録記載四の物件は住所録であるところ、通常住所録は本件被疑事実のような集団犯罪の組織性解明の重要な手掛りとなりうるものであるのみならず、革共同革マル派のアジトと目されていた本件捜索場所に存在し、その記載内容には符牒とも暗号ともみられるものもあり、外見から明らかに被疑事実と関連性のないことが窺える事情もなかったのであるから、右住所録が被疑事実と関連性があるものとしてなされた本件差押には違法性はない。

次に、目録記載一三の物件は、表題からみて右被疑事実の組織性解明の資料となりうることは明らかであり、かなり前の名簿である(このことは外見からはわからない。)からといって関連性がないとはいえず、これを差押えたことに違法性はない。

なお、訴外田山和男が通称全学連革マル派に所属する学生で別紙一記載の被疑事実により逮捕されたものであることは争わないが、原告と右田山との面識の有無や原告が反戦青年委員会の役員であるか否かについては全く不知であり、捜索差押当時においてもその点についての認識は被告鈴木らにはなかった。

また、捜索差押終了後被告鈴木は直ちに差押物件につき被疑事実との関連性の厚薄、代替性の有無、被差押人の利便等を検討し、関連性が比較的薄く、かつ被差押人に必要性が高いと考えられる目録記載の四、一〇、一一、一三の物件につき仮還付することとし、その旨同日原告に連絡したが原告は受領せず、また原告代理人南木武輝にも同旨の連絡をしたが受領しないため、昭和四六年五月二五日東京地方検察庁証拠品係へ送付したのであるが、右事実から被告鈴木が差押時に右物件と被疑事実との間に法的関連性がないものと認識していたということはできない。

四1  同第四項1について

原告の主張は争う。

2  同項2について

原告から被告鈴木にその主張の内容証明郵便が到達したこと、同被告が原告の要求に応じなかったこと、原告が弁護士南木武輝らに訴訟委任したこと、日本弁護士連合会報酬基準規程による手数料、謝金の額が原告主張のとおりであることは認める。

原告と右弁護士らとの報酬支払約束の点は不知。

その余の主張は争う。

五  同第五項について

被告鈴木が被告東京都の公務員で、捜索差押手続が公権力の行使としてなされたものであることは認めるが、その余の主張は争う。

(被告鈴木の主張)

仮りに捜索差押手続に違法があり、被告鈴木に故意過失があったとしても、公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行なうにつき故意過失ある行為によって他人に損害を与えた場合、その賠償の責に任ずべき者は、国家賠償法一条の法意に照らし、国又は公共団体に限られ、当該公務員は被害者に対し直接賠償義務を負わないと解すべきであるから、被告鈴木に損害賠償義務はない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告鈴木が警視庁公安部公安第一課所属の警察官であって、昭和四六年四月二四日、被疑者訴外田山和男に対する兇器準備集合、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件につき東京簡易裁判所裁判官の発した東京都新宿区百人町三丁目三〇六番地戸塚道治方二階の捜索及び別紙一記載の差押えるべき物に該当する物件の差押を許可する旨の本件令状に基づき、原告方である前同所を捜索し、目録記載の物件を差押え、原告に対し押収品目録交付書を交付したことは当事者間に争いがないところ、≪証拠省略≫によると、右捜索差押は被告鈴木外八名の警察官によって、右同日午前六時三〇分ころ、原告を立会人として開始されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  しかるところ、原告は、右捜索差押は処分を受ける者である原告に対し事前に令状を示すことなくしてなされたもので違法であると主張し、被告らは右主張を争うので、まずこの点につき判断する。

前項判示の事実に≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実が認められる。即ち、

被告鈴木は、本件令状に基づく捜索差押の実施責任者として、外八名の警察官とともに、昭和四六年四月二四日午前六時三〇分ころ、訴外戸塚道治方に赴き、同人方二階に通じる階段下の入口で応待に出た原告に対し、自己の氏名、身分及び四月六日に革マル派と全共闘との間で起きた内ゲバ事件のため捜索差押に来た旨を告げたところ、原告は同被告に対し、その事件と自己とは関係がないから帰れと抗議して、一たんは同被告らの捜索を押しとどめようとしたものの、すぐに諦めて再び二階へ上っていったので、同被告ら警察官は原告の後を追って二階へ上り、上りつめた踊り場において同被告は懐中より本件令状を取り出し、戸を開けて部屋の中へ引込もうとする原告に令状を見るように声をかけた。しかしながら、これに対しても原告はその事件と自己とは関係がないから捜索は許されない、あるいは関係があるというならその理由を明らかにせよ等と申し立て、帰れ帰れと激しく繰り返すのみで、本件令状を一瞥して被疑者氏名欄の記載等は認識したが、それ以上によくは見ようともせずに奥の六畳の部屋へ引込んでしまった。そこで、右被告ら警察官は止むなく踊り場から部屋の中へ上り込んで、原告が引込んだ六畳の部屋の入口で再度本件令状を示してこれを見るように声をかけたところ、ここにおいても原告は前叙と同様の応答をなして捜索に抗議する態度を示すのみであったため、ここに及んで同被告は捜索の遅延を慮り、これを開始するために原告に立会いを求めてその氏名を尋ねたところ、原告は村上次郎である旨答えたので(後に再度尋ねられて本名を名乗った。)、原告を立会人として捜索を開始した。

捜索に取り掛った後、右被告が目録記載四の物件を手に取り差押えようとしたところ、これをそばで見ていた原告は同物件は自己の物であって事件とは関係がないと繰り返し同被告に申し向け、さらに同被告の手から取り戻して差押を拒もうとしたため、同被告はこれを阻んで原告から同物件を取り返したものの、原告がここにおいて自ら令状の呈示を求めたので、同被告は、捜索差押の円滑な進行をはかるため原告に対し再度令状を呈示することとし、本件令状(同令状は三枚の紙の編綴されたものであって、一枚目には捜索差押許可状と題した記載のもとに、被疑者の氏名、年令として「田山和男」、「二二年」、被疑事件名として「兇器準備集合、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件」、その他に有効期間、同令状を発した日時及び裁判官名、請求者の氏名、官職等が記載され、二枚目には差押えるべき物及び捜索すべき場所が記載され、三枚目には犯罪事実が記載されたものである。)の上部左右をつかみ、その下部左右を原告がつかむという形で数分間原告に呈示して読ませた。そして、被告鈴木は右物件を差押えたものであるが、その後目録記載一三の物件を差押える際に、再び原告から関係のない物件であるという抗議があったけれども、これも差押え、よって目録記載の一ないし一八の各物件の差押をなし、押収品目録交付書を原告に交付して同被告ら警察官は本件捜索差押を了したものである。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

よって思うに、令状に基づく捜索差押を行なうにあたっては、刑事訴訟法二二二条一項により準用される同法一一〇条に規定されるところにより令状を処分を受ける者に示さなければならないとされているが、右規定の趣旨は、捜索差押の手続が令状主義の原則を定めた憲法三五条の趣意に則り公正に行なわれることを担保するにあると解されるので、右令状の呈示は、該処分を受ける者がその記載内容を閲読、認識しうるような状態、方法でなされる必要があるものといわなければならない。

ところで、前記認定のように、本件捜索差押においては、原告はその当初から、被告鈴木ら警察官が捜索差押を行なおうとするのに対して、怒声をもって抗議してその着手を妨げ、氏名を問われても偽名をもって答えるなどの非協力的態度を明らかにしてはばかるところがなかったものであって、原告がかかる態度に出た所以は、訴外田山和男の別紙一記載の被疑事実に自己が関与していないにもかかわらず、その居所を捜索されることに対する疑問と怒りを持ったことにあるものと解しうるけれども、令状が既に発付されている旨を告知された本件のような状況のもとにおいては、原告としてはむしろ進んで令状を閲読して捜索差押手続が令状の記載に従い適法に進められるか否かを確認することに注意を向けるべきであるところ、原告は同被告が本件捜索差押の内容を了知せしめるため本件令状を見るように差し示したにもかかわらず、なおも捜索差押自体に抗議することのみに急で、令状の閲読は自ら拒絶する態度をとったものであるから、原告が本件捜索差押前において本件令状を読みえなかったとしても、それは読もうとしなかった原告の態度によるものというべく、このことを目して、違法な手続として被告鈴木にその責を問うことは許されないものというべきである。そして、前叙の令状の呈示の必要性の所以である手続の公正は、被告鈴木が捜索差押に着手するにあたって本件令状を原告に見せようとして差し示したのみならず、手続の過程においても原告からその呈示を求められるや、これに応じて再度呈示し、これを読ませている一連の所為により充分担保されているものというべきであり、よって本件捜索差押手続が令状の事前呈示を欠くが故に違法であるとする原告の主張は理由がなく、採用するに足りない。

三  次に、原告は目録記載の四、一三の各物件の差押は、別紙一記載の被疑事実との間に法的関連性を欠き、本件令状に記載された差押えるべき物に該らない物の差押であり、仮りに法的関連性があるとしても差押の必要性のない物の差押であって違法であると主張し、被告らは右主張を争うので、この点につき判断する。

1  本件捜索差押に至る経緯について

≪証拠省略≫を総合すると以下の事実が認められる。即ち、

いわゆる東京都労働者活動者会議が中心となって他の諸団体と共に昭和四六年四月六日日比谷公園内野外音楽堂において三里塚・北富士闘争連帯集会を開催しようとした際、これに参加を求めたいわゆる革マル派全学連は、その参加を拒絶されるやこれを右集会に参加していたいわゆる全国全共斗連合が妨げたものと考え(かねてから学生運動の内部において革マル派全学連と全国全共斗連合はその主導権をめぐって対立抗争を続けてきていた)、右集会を混乱に陥れて全国全共斗連合が三里塚、北富士闘争支援諸団体内部において主導権を握ることを阻止しようと企て、その傘下の学生五、六百名に竹竿を持たせて右集会の開かれていた野外音楽堂へ突入させたところ、全国全共斗連合に所属する学生多数との間に乱闘が生じ、その渦中において訴外田山和男を被疑者とする別紙一記載の被疑事実(以下「本件被疑事実」という。)が生じたものである。

右田山は革マル派全学連に所属する学生であるが、右革マル派全学連は学生の大衆団体の一つであって、いわゆるマル学同革マル派に所属する学生活動家がその中核となって活動している団体であり、右マル学同革マル派はいわゆる革共同革マル派(正式には日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)の指導を受けている学生活動家組織である。そして、右革共同革マル派は、学生運動への影響のみならず労働運動へもその影響を及ぼし、労働者の政治闘争組織であるいわゆる反戦青年委員会の中にも一般に右革共同革マル派系と目されるものを派生させており、また解放社という出版機関をも擁する政治結社である。

ところで、本件被疑事実の捜査に当った警視庁公安部公安第一課では、本件被疑事実発生の直後から、右事件を前叙のように革マル派全学連を集会から排除しようとした反対派の動きに対抗して生じた主導権争いの現れとみていたし、革共同革マル派の機関紙「解放」の誌上にも、当夜の事件を、「わが同盟とそれに指導された全学連、反戦青年委員会」による反対派の陰謀の紛砕行為として報じられてもいたので、革共同革マル派=マル学同革マル派=革マル派全学連の組織系列のもとでの当日の行動指示、動員関係を把握して右事件の全貌を明らかにする必要があるとして、その裏付けとなる証拠を得るために、革共同革マル派の拠点等とみられる場所数ヶ所に対する強制捜査に踏み切った。

そして、原告方も、かねてから革共同革マル派の関係者が居住し、しかも同関係者が多数足繁く出入りしては中において深夜に至るまで会議が持たれていると窺われるとの内偵結果により、革共同革マル派のいわゆるアジトと判断されていたところから、右事件解明のための証拠が存在するものと判断され、右一斉捜索の対象場所に上げられたものであり、原告及び同宿人の訴外寺田極一はいずれも学生時代に革マル派全学連に所属してその活動家としての経歴を有し、本件捜索差押時においてはそれぞれ前叙の革マル派系反戦青年委員会の役員、解放社社員としての身分を有していた。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  目録記載の四、一三の各物件について

≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実が認められる。即ち、

目録記載の四、一三の各物件のうち、四の物件については、これが赤色表紙の氏名、電話番号、住所を記載するためにあらかじめ当該欄を設けてある用紙を掲載してある手帳、即ちいわゆる電話帳兼住所録であること、各頁には漢字、仮名、アルファベッド混りで氏名、住所あるいは意味不明の事項が記載され、電話番号は必ずしも右氏名に対応して記載されてはいないこと、少なからぬ部分が意味不明の記号化された記載となっているため右物件の所有者であって記載した本人でもある原告以外には容易に判読しがたいこと、一三の物件には、「日本マルクス主義学生同盟(革命的マルクス主義派)組織簿」という標題のもとに、その支部である法政大学Ⅱ部の右所属メンバー(昭和三七年から同四三年にかけて右同盟に加盟した者)の氏名(偽名及び本名)連絡先等が記載されていること、右各物件は差押えられた後、当日、本件被疑事実の捜査主任官であった訴外鈴木壮一警部が被告鈴木と相談したうえ、その証拠価値の軽重及び原告の必要性を考慮して仮還付することとし、原告にその旨伝えたが、これに対して原告から返還のみならず差押に対する謝罪を要求されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  思うに、差押は証拠物又は没収すべき物と思料するものについて行なわれることは、刑事訴訟法二二二条一項により準用される同法九九条一項に規定されるところであるが、犯罪捜査の過程においては、犯罪の特別構成要件に該当する事実の証拠のみならず、被疑者の罪責の軽重その他量刑の資料となる事実の証拠をも犯罪と関係あるものとして収集すべきであり、とくに本件のように集団犯罪であることが明らかである場合においては、被疑事実との関連性も、その背後関係、共犯関係をも含めた事実の全貌を明確にする観点から、単純な単独犯行の場合に比べると、或程度広範囲に認められるべき合理的根拠があるものというべく、このことは、別紙一記載のとおり差押えるべき物の特定のため「本件犯罪に関係のある」という限定を付している本件令状の記載の趣旨の解釈としても、妥当するところである。

そこで、目録記載の四、一三の各物件の本件被疑事実との関連性についてみるに、右各物件が被疑者田山の実行行為そのものを証明する物といえないことは明らかであるけれども、叙上認定のように、本件被疑事実は単純な単独犯行でもなければ偶発的な犯行でもなく、かねてからの学生運動内部における革マル派全学連と全国全共斗連合との主導権をめぐる確執に根ざす犯罪であって、極めて組織性、計画性の強い集団的犯罪であること、本件捜索差押の場所が右革マル派全学連と密接な関係を有すると認められる革共同革マル派のいわゆるアジトと目されていた場所であり、捜索の結果(目録参照)も或程度これを裏付けるものであったこと、右各物件のうちの目録記載の四の物件には記号化された記載が多用され、一見、右のような党派斗争の中においてしばしば使用される秘密文書めいた感じを持たせること、同一三の物件は、記載自体、前記マル学同革マル派の党派の中の指令伝達の系統を明らかにする手がかりとなるもののように窺えることなどに鑑みれば、右各物件はいずれも、革マル派全学連に所属する被疑者田山がその一端に加担した組織的集団犯罪の実体とその中における同人の罪責の程度を明らかにするうえに意義があるものと認められるという意味において、本件令状記載の「本件犯罪行為に関係のある」物件と認めるに足りる合理的理由があるものというべきである。そして、その外形においては、目録記載四の物件は、右令状記載の「日誌、ノート、メモ、ビラ、機関誌紙、領収書等」なる例示的記載に、また同一三の物件は「斗争の組織、編成に関する文書簿冊等」なる例示的記載に、それぞれ包含されるものと解しうるから、右各物件は、本件令状に記載された「差押えるべき物」に該当するものといってよく、右各物件をもって被疑事実との関連性を欠き、本件令状によって差押の許可された物件に該当しないとする原告の主張は、採用するに足りない。

もっとも、右各物件が一応本件令状に記載された差押えるべき物に該当するとしても、差押はこれを受ける者に多大の不利益を蒙らせるものであるから、捜査機関にとってその必要性がほとんど無いと認められる物についてまで差押えることを許すべきいわれがないことは論を俟たないところである。

しかし、叙上認定判示したところによれば、目録記載の四、一三の各物件は証拠としての価値が必ずしも高いものとは言えないにせよ、すでに屡述した組織的集団犯罪と目される本件被疑事実に対する捜査の必要性に鑑みるときは、差押の時点において右各物件に対する差押の必要性がほとんど認められなかったものと断ずることはできないし、本件捜索差押の後、警察側から右各物件の仮還付を申し出たことのあることは叙上認定のとおりであるけれども、物の証拠価値の程度は、一般に差押の時点において即座に確定した判断がなしうるものではなく、差押後の詳細な点検によって判断しうる場合が多く、また捜査の進展につれて、他の証拠資料と総合することにより変動するという流動的な要素を含んでいるものであることも否定しえないことを顧慮すれば、右の事実から直ちに原告主張のように、右各物件が本件被疑事実と実質的関連性を欠き証拠価値を有しないことを差押当時から被告鈴木において知っていたものと推認するわけにもいかない。

よって目録記載の四、一三の各物件の差押を違法とする原告の主張は、いずれの点においても、理由がなく、これを採用することができない。

四  結論

してみると、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求はすべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉戒修一 裁判長裁判官横山長、裁判官松村利教は、いずれも転任につき、署名捺印することができない。裁判官 吉戒修一)

〈以下省略〉

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